テクテク〜私の歩く道〜
アスペルガー症候群と診断された私の記録。
アスペルガーに対する誤解。その2
私がいちばん心配しているのは、いつか息子が自分の障害名を知る時に(何年も先でしょうけど)、自分でアスペルガーのことを調べてみるかもしれません。そのとき、ネット上に溢れる数々の誤解や偏見を目にして、どう思うだろう。

中には、「アスペはこの世から消えろ」「犯罪予備軍だ」というような酷い書き込みも多々あります。私はもう大人だからそういった心無い書き込みを見てもスルーできる術を身につけていますが、息子がもしそれを見たら真に受けて「自分は存在してはいけない人間なのか」「犯罪者になってしまうのか」と…深く傷つくのではないかと、それがとても心配なのです。


一方で、過去の偉人や成功者をアスペルガーだとする風潮もありますね。
「アスペルガーは悪いことばかりじゃないんですよ、成功者もいるんですよ」と、励ます意味で言ってくれる人も多いだろうし、実際にそういった言葉に励まされた当事者もたくさんいると思います。
でもよく考えてみると、それもまた、アスペルガーに対する誤解を助長しているように思うんです。


犯罪者だとか偉人だとか、そんな大きな話じゃ無いんです。


たとえば・・・私の場合、

子供の時、幼稚園の先生が「今日は嬉しいお知らせがあります」と言ったのに、そのお知らせを聞いても全然嬉しいと思えなくて、

でも私以外のみんなはとても嬉しそうに喜んでいて、

あれ?
なんで私だけ感じ方が違うんだろう…って。

他者との間に見えない壁があるような、ないような…

そんな少しの違和感が始まりだったような気がします。


何だかうまく説明出来なくてすみません。。。難しいです。




はぁ…それはさておき。とても辛いことがあって…立ち直るのに少し時間がかかりそうです。かと言って何もしてないともっと暗い気持ちになるんで、気の向いたときに少しずつ更新します。

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アスペルガーに対する誤解。
続き。

親の会で「非常識な人がいる」→「アスペルガーだろう」の流れになったのは、どんな話だったかと言いますと、

「地区の集会?の時に必ずペット(犬)を連れてくる人がいる。大きい犬なので子供達は怖がってるし、犬が苦手な人もいるのでやめて欲しいと、さり気なく注意したけど分かってもらえない。」

・・・というような、(うろ覚えですが)こんな感じの内容だったと思います。

それで、
「自分が犬が好きだからって、他のみんなも好きだとは限らないのにね」
「怖がってる子もいるのに分からないのかしら」
「少しの間も家に置いていけないなんて、凄く心配性な人なのね」

という話をしていて、「ちょっと厄介な人ね〜。そういう人困るよね〜」みたいな空気になり・・・
そのうちに、「その人はたぶんアスペルガーだ」と決めつけたうえで話が進み・・・

心配性なのはアスペルガー
「自分が好きなものは他人も好き」という思い込みの激しさはアスペルガー
周りが見えないのはアスペルガー
暗黙のルールが分からないのはアスペルガー


親御さん達は、きっと普段からたくさん発達障害の事を勉強しているのだと思います。
でも当事者であれば自分の経験から学ぶこともできますが、当事者以外ならば、本やネットなどで調べて勉強する事が多いと思うんです。

本やネットで調べると、確かに、アスペルガーは思い込みが激しいだとか暗黙のルールが分からないだとか、そういう特徴が書いてありますので、その特徴を持った人を見ると、「アスペルガーかも」と反応してしまうのかもしれません。
でもね、定型発達者にも色んな人がいるようにアスペルガーにも色んな人がいるのだから、「アスペルガーはこういう人だ」という決めつけは、やはり困るのです。

アスペルガーの特徴として、例としてよく、「太ってる人を見て、太ってるねと正直に言ってしまう」というようなことが書かれています。相手が傷つくことを想像出来ない…とか。

まるでアスペルガーの代表的な特徴であるかのように書かれていることもありますが、私は、太ってる人に太ってるなんて言ったことは一度も無いし、そういうことを言うと相手が傷つくのは想像できる。

まあ私は受動型なので典型的なアスペとはちょっと違うのかな、というところもあるのですが、積極奇異型で何でもペラペラ喋る息子でさえも、人の傷つくことは絶対に言わない。落ち着きなくて手が掛かる子だけど、とても優しい子です。

だから園の先生には、「こんなに優しい子なのに、本当にアスペルガーなんですか?」なんて言われたこともあります。それって「アスペルガー=優しくない、意地悪、思いやりが無い子」ということが前提になってますよね…。

似たような経験がいくつもあります。
市の職員の方とお話していた際に、私が相手を気遣うような言葉をひとこと言ったら「アスペルガーの人でも相手を気遣うことが出来るんですか?」と驚かれてこっちが驚きました・・・。

ネットで質問サイトを見ていると、「周りにこんな困ったちゃんがいます」→「それはアスペルガーですね」という書きこみ、毎日のように目にします。

アスペルガーや発達障害という障害名が近年知られるようになったのは良い事ですが、障害名だけが独り歩きしている感があり、とても残念です。

こうした誤解を正しい認識に変えるにはどうしたらよいのか…。長い時間が必要なのでしょうか。長い時間をかけても変えられないのでしょうか?


まだ続く…

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「厄介者は発達障害者」の風潮について。
前回の記事で書いたような事(厄介者を発達障害者としてしまう風潮)は、実はかなりあります。

発達障害をよく知らない人が、厄介者の代名詞として「発達障害」「アスペルガー」という言葉を容易に使っているのもよく見かけます。(ネット上では頻繁に)


「アスペルガー=想像力の欠如」という中途半端な知識だけ持っていて、想像力の欠如=人の気持ちを想像できない=人に迷惑をかけて平気な人・思いやりの無い人・厄介な人=アスペルガー・・・と容易に結びつける。

理解しようともせずに勝手な思い込みでアスペを悪者扱いしているのは嫌な気持ちにはなりますが、いちいち腹を立てても仕方ないので、放っておくしかない。「人の想像力にケチつける前に自分の想像力を心配したらどうですか」とでも言っておけばいい。



一方、発達障害を理解しようと努めている人の中にもそういう傾向があるのです。前記事の親の会の人達もそのケースです。

私はよく発達障害のブログ村を経由して多くの方のブログを拝見していますが、こういったブログを書いている方の中にも、時々そういう記述を目にします。
標準から外れている人を発達障害者と認定したりとか。
ブログ自体は大変真面目なもので、ふざけた気持ちで取り上げているわけではないし、発達障害を理解しようと努めているのが窺われる。だからこそ、そういうことを書いてあるのを見ると、なんだかとても悲しくなるのです。

素人が他人の発達障害を疑ってはいけない、と言ってるわけではありません。
そもそも初めはみんな、「・・・かもしれない」という疑いから入っていくものだと思います。

でもそれは相手が親族だったり同僚だったり同級生だったり、長く接したことのある相手なら分かるのです。
私も自分の母や兄のことを「アスペだと思う」と書いた事がありますが、長い年月一緒に生活し、数々の言動を知った上で判断したものであり、けっして一度や二度のおかしな言動だけで判断したわけではありません。


だけど初めて会った相手や、メールや電話でしか接した事の無い相手について発達障害者と決めつけてしまうのはどうかな、と。
そういう記述を何度か見た事があります。愕然としました。

前記事の親の会の場合でいいますと、「こんな非常識な人がいるんですよ」という話を又聞きしただけで、実際に会ったことも無い人達が、「その人はアスペルガーでしょうね」ということで納得していたし。


長くなったの続きは次回に。

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「親の会」での出来事。
・・・というわけで、
ある支援の方々との間で問題が発生中で、それを書こうと思っていたのですが、それは現在進行中の話なので、もう少し様子を見てから書くことにします。


その話は置いといて。少し古い話ですが別の出来事を書いてみます。

これは「親の会」での出来事です。

以前、地域の発達障害児の「親の会」に参加していました。

「親の会」なので、「当事者の会」とは違います。
参加している人の中で「親も発達障害」という立場の人は、私だけだったようです。(私が当事者だということは知らせてあります)

皆さん発達障害についてはかなり勉強されていて、知識もあるようです。だけど、当事者の私からみると「ん?」と思うようなことも時々ありました。

ある日の勉強会では、「発達障害の子はみんな片付けが苦手だ」というような話になり、私は片付けは好きなので、「発達障害=片付けが苦手 じゃないのになぁ」なんて思いながら聞いてたんですが・・・

そうしたらある親御さんは「私も片付け苦手だから私も発達障害かしら」と笑いながら言ったりして・・・。他の親御さんも「じゃあ私もだわ」って。
そんなに軽々しく障害名をネタにしないで欲しいな・・・って、少し悲しい気持ちになりました。

またある時は、「近所にこんな非常識な人がいる」って話を誰かが話して、「注意しても直さないから、この人は多分アスペルガーですね」という話になり、私は「ええ?!」と思いましたが、私以外の皆は「うんうん」と頷いていて…。なんだかなー。

そして当事者の私へのフォローのつもりなのかどうか分かりませんが、「しーさんは全然アスペっぽくみえないですね」とかよく言われるんです。

「そうですか??」と私が尋ねると、「うん。落ち着いてるし口調も丁寧だし・・・普通の人にみえますよ」って言われました。


そもそも「アスペっぽい」ってどんな人を指しているんだろうか。
片付けが苦手で非常識で注意しても直さなくて落ち着きなくて口調が乱暴な人?

そういう人もいるでしょうけど、そうじゃない人もいるし、定型発達者にも色んな人がいますし・・・

じゃあ一体、アスペルガーってどんな障害なの?と聞かれたら、私もうまく説明できないですけど。
当事者でさえうまく説明できないのなら、当事者以外がちゃんと理解できていないのも仕方ないのかな。


難しい障害ですね。だから支援も難しい。

支援者側が「これくらいなら大丈夫だろう」と思っていることが、当事者側は酷く辛いことだったり、
支援者側が良かれと思ってしたことが、当事者側はかえって迷惑を被っていたり・・・


しかも私のような受動タイプだと、辛い気持ちを表現できず、ただただ、我慢するしか出来ないんです。
あるいは私と反対で思った事をズバズバ言ってしまうタイプだと、「せっかく支援してるのに文句ばっかり。これだからアスペは・・・」なんて呆れられるかもしれません。

本当に難しいですね

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支援に対する不満。その1の補足。
前回の記事に思いのほか多くの反響がありまして・・・たくさんメールを頂きました。

特にご指摘が多かったのは、私の障害のことを近所の人に話してしまった件に関し、「それは酷過ぎる」「不満に思って当然だ」と。
同情してもらって気持ちが軽くなった気がします。


ただ、私が詳しい状況を端折って書いてしまったせいで、支援者さん側に100%非があるような書き方になってしまいましたが、そういうわけではなく・・
自分で不満を書いておいて今更フォローするのもなんですが・・・

詳しい状況を書いておこうと思います。

支援者さんが近所の人に私の障害を話したのは、以下のような経緯がありました。

私は当時ご近所さんのことで悩み、支援者さんに相談をしていました。
当時住んでいたアパートは住民が集まる機会が何かと多く、たとえば定期的にお祭りがあったり、その準備をしたり、早朝の清掃作業や冬の雪かき作業、集会所での会合・・・など。

正直私はそれらの集まりが苦痛でした。
私は要領が悪いし気が利かないので、皆で作業をするときも、私は自分のことで精いっぱいでした。
でも他の皆さんは、テキパキと要領よく動いて積極的に働いて、自分だけでなく人のことも気を遣い、とにかくよく働く人ばかりです。
私もやらなくちゃ・・・と思うのですが、やはりここはアスペルガーの特性で、どうにもこうにもうまく出来ないんです。

みんな一生懸命に働いているのに私だけサボっているかのようで、とても心苦しい・・・と。
しばし悩み、支援者さんに話しました。


すると「そういう特性を持っていることを話してみては」とアドバイスを頂きました。

それもそうだなと思ったので、「そうですね。機会があれば話してみようと思います」と私は言いました。


そのとき私が、「でも私は人と話すのが苦手なので、上手に話せないかもしれませんけど・・」というような事を言ってしまったんです。これが支援者さんを動かしてしまったのかもしれません。



近所の人に自分の障害を知ってもらうという案については、とりあえず私も承諾していました。
ただ、どのような内容を話せば理解してもらえるか、どのタイミングで話すか・・・、慎重に手順を踏むつもりでした。

発達障害に偏見を持っているかもしれないし、障害を伝えることで逆に関係が悪化するかもしれない。

だから慎重に慎重に・・・と考えていたら、私が話すより先に、いつの間にか話していたのです。

結果、ご近所さんとの関係はどうなったかと言うと・・・何も変わりませんでした。
悪化はしませんでした。でも改善もされませんでした。


まあ。。だいぶ前のことだし今はそのアパートに住んでいないし、それにお世話になった部分も多々ありますので、もういいかな、って思ってます。

心配してメールくださった方々、ありがとうございました。


今は別の支援者との間で問題が発生中です。。  つづく

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